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名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)2259号 判決

原告 橋詰克治破産管財人 清水幸雄

被告 小川次郎

主文

一、被告は原告に対し、金九五万二、五四九円及びこれに対する昭和四三年二月二八日以降その完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分して、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一、申立と主張

原告の申立と主張は別紙(一)のとおりであり、被告のそれは別紙(二)のとおりである。

二、証拠関係〈省略〉

理由

一、(原告の訴訟適格)

請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

二、(交通事故の発生)

請求原因二、の事実は当事者間に争いがない。

三、(責任の帰属)

被告本人尋問の結果によれば、被告は右二、の運転自動車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことが認められる。そうすれば、自賠法第三条により、被告は破産者が前記二、の傷害を負つたことによる損害を賠償すべき義務がある。

四、(損害)

(一)  喪失利益

原告は、破産者が本件事故当時月収少くとも金一〇万円以上の収入を得ていたところ、本件事故による傷害のため現在まで全く収入を得ることができず、昭和四四年一二月三一日までの喪失利益金二二〇万円のうち金一五〇万円を請求すると言う。

そこでまず、本件事故当時破産者が幾何の収入を得ていたかを検討するに、証人橋詰克治、同尾島康成の証言によればつぎの事実が認められる。破産者は昭和四二年九月頃スメロンという洗剤の販売業を企図し、僅かの手持資金と約金一八〇万円の借入金を用意して、四乃至五人のセールスマンを雇い(その固定給は一ケ月金五、〇〇〇円乃至金八、〇〇〇円)、月賦で四台の自動車を買入れて同年一〇月一〇日頃からスメロンの訪問販売を始めた。その売上高は同年一二月、昭和四三年一月で月間約金三〇万円、同年二月で約金一五万円程度であつたが、経理面では昭和四二年一二月に自動車の購入月賦代金を除いて約金四〇〇万円の負債、昭和四三年四月一九日当時には自動車の月賦代金を含めて金一、二七二万円程度の負債を負つていた。以上の事実が認められる。右の事実によれば本件事故の当時破産者がいくらの収入を得ていたかを明らかにすることはできない。証人橋詰克治、同尾島康成の証言中には、破産者が右営業によつて月間金一〇万乃至一二万円程度の収益を挙げていたという部分があるけれどもそれだけでは遽かに措信し難い。そして、成立に争いのない乙第三号証、証人尾島康成、同橋詰克治の証言によれば、破産者は前示スメロンの販売を企図する以前は宝石とか発明品の販売をしていたこと、同人は昭和四一年分の所得として金二七万四、〇〇〇円の税務申告をしていることが認められるから、この事実と前示認定の事実を綜合してみて、同人は本件事故当時年間金四一万一、〇〇〇円(一ケ月金三万四、二五〇円)程度の収入を得ていたものと認めるのが相当である。

つぎに、その期間を検討するに、成立に争いのない甲第一乃至第三号証、第五乃至第九号証、証人佐野三郎、同橋詰克治の各証言、被告本人尋問の結果によれば、つぎの事実が認められる。破産者は昭和四三年二月二七日の本件事故により頸部挫傷の傷害を負い、同年三月一五日名古屋市北区所在の上飯田第一病院に入院した。入院当時は頭重感とめまいが持続しているということが主な症状で、破産者が入院を希望し、病院側もその方がよいということで入院することになつた。入院後は薬物療法を主とし、それに理学療法が施され、破産者は肩のこり、痛み、両上肢のしびれ感等も訴えていた。症状が大分軽快したので破産者は同年一〇月三一日に退院し、その後は右症状が残つているために昭和四四年一二月二五日まで(その回数は同年一〇月三〇日までで二九七回)通院した。破産者は同年一二月二七日当時既に自分で自動車を運転しており、同日再び他の自動車に追突されて傷害を負い、その後はこの負傷のために同病院に昭和四五年三月一六日当時再び入院していた。以上の事実が認められる。右認定の事実によれば、破産者は昭和四三年三月一五日から同年一〇月三一日までは一〇〇%、同年一一月一日から昭和四四年一二月二五日までは全期間を平均して四〇%、本件事故による傷害によつて、得べかりし収益を挙げることができなかつたと認めるのが相当である。

以上の判断に従つて破産者の喪失利益を算定すれば、その金額は金四一万四、四三六円となる。

34250円×6+34250円×17/30 = 224908円――〈1〉

(34250円×13+34250円×25/30)×0.4 = 189528円――〈2〉

〈1〉+〈2〉= 414436円

(二)  治療費

破産者が前示入・通院に要した費用が合計金七四万三、七三三円であることは前出甲第二号証、同第六乃至第九号証、証人橋詰克治の証言と弁論の全趣旨によつてこれを認めることができ、そのうち金四六万二、五四〇円を被告が支払つたことは原告の自認するところである。その余の残額金二八万一、一九三円については、破産者が医療扶助をうけ全額名古屋市において支払済であることは当事者間に争いがない。

原告は、右医療扶助をうけた分は返還の義務があるので本件事故による損害として請求し得べきものであると主張する。

よつて按ずるに、生活保護法に定める保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われるものであり(保護の補足性-同法第四条第一項)、ただ、急迫した事由がある場合には必要な保護を行うことを妨げないが(同条第三項)、そのような急迫の場合に資力があるにも拘らず保護を受けたときは、被保護者は、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない(同法第六三条)のである。これを、交通事故によつて生じた傷害の治療のため医療扶助が行われた場合について見ると、被保護者自体には資力がない場合でも、当該治療費を損害賠償として加害者側(加害者、使用者、運行使用者等)に請求することができるとき(詳しく言えば請求が可能であり且つそれが現実に賠償され得るとき)(なお、そのほかにも自賠法による被害者請求、政府保障請求のできるときもある。)には、保護の補足性という原則に照し、当該債権を行使しその賠償をうけることができるところに一種の資力があるものとして、「資力があるにも拘らず医療扶助を受けた」場合に該当し、同法第六三条所定の金額を返還すべき義務があると解するのが相当である。また、同法には、第三者の責に帰すべき原因による傷害について医療扶助が行われた場合に、当該扶助の費用を支弁した都道府県又は市町村がその費用の限度において、損害賠償債権を取得する旨のいわゆる代位の規定も存しない。そうすれば、なお訴訟上の請求の段階においては、被害者は加害者側に対して医療扶助によつて保護を与えられた治療費についても、それを事故による損害として賠償請求することができると解するのが相当である。(そして、将来債務名義を取得し、それを執行しても現実に満足が得られないことになつた場合は、結局資力がないことに帰着し、同法第六三条の返還義務は生じないことになる。)原告の主張は理由がある。

(三)  雑費

証人橋詰克治の証言とさきに認定の事実によれば、同人は前示入院中の雑費及び退院後昭和四四年一二月二七日までの間の通院費として、少くとも金五万円を要していたことが認められる。

(四)  慰謝料

本件事故による破産者の負傷の部位、程度、治療の経過、同人の職業、生活関係、年令その他一切の事情を斟酌すれば、その慰謝料は金三〇万円と認めるのが相当である。

(五)  合計

右(一)乃至(四)を合計すればその金額は金一〇四万五、六二九円となる。

五、(損害相殺)

成立に争いのない乙第五号証、被告本人尋問の結果によれば、被告は破産者に対し本件事故による休業損害内払として金九万三、〇八〇円を支払つていることが認められる。従つて、これを右四、の(五)の金額から差引けばその残額は金九五万二、五四九円となる。

六、(結語)

以上の次第であるから、原告が本訴請求は金九五万二、五四九円及びこれに対する昭和四三年二月二八日以降その完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容できるけれども、その余の部分は理由がないので失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担については民訴法第九二条本文、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項に従い、主文のとおり判決した。

(裁判官 藤井俊彦)

別紙(一)

請求の趣旨

一、被告は原告に対し、金三、〇三一、一九三円及びこれに対する昭和四三年(昭和四五年一一月四日及び昭和四四年一〇月四日受付の各追加的訂正申立書の「請求の趣旨」には昭和四四年とあるが、昭和四四年一〇月四日受付の右申立書の二、の項及び訴状の請求の趣旨及び原因六の記載からみて昭和四三年の誤記と認める。)二月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一、訴外橋詰克治(以下破産者という。)は昭和四三年一二月六日名古屋地方裁判所において破産の宣告を受け、同日原告が破産管財人に選任された。

二、破産者は、昭和四三年二月二七日午後一時五〇分頃、普通貨物自動車を運転して名古屋市西区上名古屋町西内江一六番地交差点において停止信号に従つて停車していたところ、同方向より進行してきた被告運転の普通乗用自動車に追突され、頸部挫傷の傷害を負つた。

三、被告は右加害自動車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるが、本件事故は被告の前方不注意という一方的過失による。

四、破産者は前記負傷のため昭和四三年三月一五日から同年一〇月三一日まで上飯田第一病院に入院し、その後昭和四四年一二月二五日まで通院した。

五、損害

(一) 喪失利益 金一五〇万円

破産者は事故当時洗剤販売業をしており、月収は少くとも金一〇万円以上であつた。しかるに、前記負傷のため、二三一日間上飯田第一病院に入院し、退院後も頸部痛、項部痛のため現在も未だ就業できない有様で、取敢ず昭和四四年一二月三一日までの喪失利益金二二〇万円の内、金一五〇万円を請求する。

(二) 治療費 金二八万一、一九三円

破産者が前記入・通院に要した治療費は合計で金七四万三、七三三円であつた。そのうち金四六万二、五四〇円は被告が支払つたので、その残りは金二八万一、一九三円である。

(三) 雑費 金五万円

破産者が入院中に要した雑費及び退院後の通院に要した交通費は合計で少くとも金五万円である。

(四) 慰謝料 金一二〇万円

破産者は前示のとおり入・通院したが完治せず、日夜、頸部痛、項部痛にさいなまれている。同人は当時四六才で、従業員九名を雇い盛大に前示販売業を営んでいたが、長期に亘る入院のため営業が続けられず遂に破産に至り、現在は生活保護をうけながら悲惨な生活を送つている。この精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料は金一二〇万円を下らない。

六、以上の次第であるから、右五、の(一)乃至(四)の合計金三〇三万一、一九三円及びこれに対する昭和四三年二月二八日(事故の翌日)以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の主張に対する答弁

一、その二、(治療費に関する主張)について

破産者の治療費がその主張のとおりに被告及び医療扶助によつて支払われていることは認める。然しながら、破産者は医療扶助をうけた右治療費は名古屋市に対して返還の義務があるので、被告に請求し得べき損害である。

二、その四、(金九万三、〇八〇円の支払と差引の主張)について右主張事実は争う。

別紙(二)

答弁の趣旨

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

請求原因に対する答弁

一、請求原因一、二、の事実は認める。

二、同三、乃至五、の事実は争う。

被告の主張

一、喪失利益金一五〇万円の請求は失当である。

(一) 破産者は昭和四二年一〇月一〇日に洗剤販売業を開始し、この営業は昭和四三年四月中頃廃止されたが、破産者は右営業の開始に当り経験者たる尾島康成を事実上の支配人として営業を継続していたし、近い将来に同人と共にスメロン販売株式会社を設立して右営業を継続する計画でいた。

従つて、破産者は本件事故による負傷のため昭和四三年三月一五日から入院したが、このため営業の継続ができなくなつた訳ではないから、右の営業廃止と本件事故とは相当因果関係がない。営業が廃止されたのは、破産者の営業実績が予想外に不良で、借入金及び買掛金が累積し、本件事故当時において、すでに他から更に金融をうけなければ手形の不渡、倒産がさけられない状態になつていたところ、この金融が得られなかつたためである。

(二) 仮に、破産者が本件事故に遭わず、且つ他から金融を得られたとしても、事故前の営業実績から見て、営業がその後も継続され、これによつて破産者が一定の収入を得たであろうと認められない。

(三) 破産者が事故前に一ケ月金一〇万円以上の収入を得ていたというのは根拠がない。

(四) 破産者が退院後も職業に就かなかつたのは、昭和四三年一〇月三一日に退院したその以前の同年七月二二日から既に一ケ月当り金四〇、七二〇円の生活等扶助(医療扶助を除く)をうけ、また妻も一定の収入を得るようになつて、職業に就く必要に迫られなかつたからである。

二、治療費金二八一、一九三円の請求は失当である。

破産者は前示のとおり昭和四三年一〇月三一日まで入院していたが、その間同年七月二一日までの治療費、入院費等金四六万二、五四〇円はすべて被告において支払済である。そして、同月二二日以降の分は、破産者は全額医療扶助を受けており、名古屋市がその支払をしているから、原告がこれを被告に請求するのは失当である。被告にこれを請求し得るのは名古屋市である。

三、慰謝料金一二〇万円の請求は過大である。

四、被告は昭和四三年一二月一七日破産者に対し休業補償費内払金の名目で金九万三、〇八〇円を支払つている。従つて、原告の喪失利益の請求が認められると否とに関わりなく、右金額は本訴請求金額から差引かれるべきである。

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